中国現地法人の内部統制監査
日本版SOX法の要請やグループの海外法人管理の一環として、重要な子会社たる中国現地法人に対して内部統制の運用状況のテストが定期的に行われることと思います。夏から秋にかけては本社の決算業務が一段落することもあり、海外法人の内部統制往査が比較的多くなる時期ではないでしょうか。
本稿では、本社の事業部や内部監査部、或いは中国統括会社の投資管理部等が投資先の内部統制監査、特に経理・財務及び税務処理の状況の確認を行うにあたってのポイントをみていきましょう。
事前準備〜資料の入手
現地法人の内部統制監査は、現場での作業が無論重要ではありますが、その成否は「事前準備」にあると言っても過言ではありません。事前準備は現地法人の管理部門(財務、総務、人事)の担当者に確認書類を準備してもらうことから始まります。
内部統制監査で事前に準備しておきたい書類には以下のようなものがあります。
| ① 会社定款
② 会社組織図 ③ 経理規程 ④ 勘定科目一覧表 ⑤ 監査報告書(過去3期分) ⑥ 月次・四半期B/S、P/L ⑦ 月次科目明細・残高表 |
⑧ 現金実査表
⑨ 銀行残高明細表 ⑩ 主要資産明細表 ⑪ 税務申告書(月次、四半期) ⑫ 契約書一覧 ⑬ 社員名簿 ⑭ 従業員給与一覧 |
現地法人の負担とならないように、できるだけ既存の書類を活用し、監査のためだけに追加資料を作成する状況とならないように注意しましょう。
確認書類の多くは会計税務関係ですが、定款、社員名簿など総務・人事関係の書類も含まれますので、準備の際は、現地側担当者を決めておき、資料準備の責任の所在ははっきりさせておきましょう。
これらの資料は会社が保管すべき基本的なものばかりですので、すぐに準備ができない、あるいは一部の書類がみあたらないなどの事態が生じていれば、すでに書類の保管・整備に関する内部統制上の問題があります。会社定款、経理規程など、会社設立時から整理・改訂が全くされていないものがあるかもしれません。従業員の流動性が高い会社では社員名簿、給与一覧表は年度末などの基準日を指定して、最新版を入手するようにしましょう。
上述の書類は電子版で送れる様式のものであれば、事前に送ってもらいましょう。そうでないものは、現地ですぐに見られるように用意してもらうこととしておきましょう。複写を日本に郵送してもらうのであれば必要最小限に留めるべきです。コピーを取るのは現地の経理部員であり、現場往査の成否は現場経理部員の積極的な協力を引き出せるかに掛かっています。事前準備が大事とはいえ、過度の負担(且つ往々にして無駄な作業)を現地職員に負わせることは慎みましょう。従って資料が中国語でも、この段階で日本語訳を求める必要はありません。
事前準備〜どこまでやるかの勘どころ
事前作業で必要な点は、現場作業のイメージを作ることです。入手した資料を見ながら、更に何を知りたい(確認したい)か、どこに不整備がありそうか、をイメージし、そのためにはどんな資料を見ればいいか、誰に聞けばいいか、について段取りを付けることは大事です。現場に入ってから資料を眺めつつどこをチェックするか計画し、実行するには相当の年期と経験が必要ですし、そうであっても限られた日数で現場作業を終えなければいけない中で、一日を計画に要してしまうと後の作業が相当キツくなります。
心構えとして、どうせ全てを見ることができないと割り切り、どこに監査の重点を置くかを決めておきましょう。往々にして、問題点を発見することが内部統制監査の成果と思いがちですが、最終ゴールは重要な内部統制プロセスにおいて「問題なし」と宣言できることのはずです。重箱の隅をつつくような監査にならないようこころがけましょう。
監査日程は最低3日で、予備日もできれば欲しいところです。こちらの往査日程ありきで無理に現地入りしても、経理担当者が育児休暇中であったり、営業責任者が顧客の緊急対応に負われていたりなど、成果が上がらない環境下での出張はお互いにストレスとなります。日本からの出張者は「期間も短いし、わざわざ日本から来ているのだから、出張期間中は現地責任者が残業も厭わず対応してくれるだろう」と甘い期待を抱きがちですが、現実はそう易しくはありません。ギリギリの日程だとこちらは不完全燃焼のまま、現地にはシコリを残したまま作業終了となりかねません。
現場往査〜整備状況確認の要点
以下では内部統制監査の実践として、現地法人で確認すべき事項と担当者インタビューのポイントを解説します。先ずは内部統制システムの整備、運用状況を確認してみましょう。事前準備で入手した会社定款、会社組織図、経理規程を基に担当者へのインタビュー、関連書類を確認します。
会社定款は、過去の改訂記録が時系列で保存され、鍵のかかるキャビネットなどに保管されているかをチェックします。定款の改訂は董事会決議事項ですので、決議書類の保管状況も忘れずにチェックしましょう。また、営業許可証、税務登録証など政府関係への登記証書と定款の最新改訂版の記載内容が一致しているかも確認してください。
会社組織図の確認では、実際に社内を見て回り、組織図と齟齬がないか確認し、組織図に沿った職務分掌規程が整備されているかチェックしてみましょう。内部統制とは直接関係はありませんが、会社内の座席表を入手し、部門間の意思疎通、承認業務がスムーズになる配慮、配置になっているかもみてみましょう。
中国業務が多様化し業務内容に大きな変更があるのであれば、内部統制文書の現状に即した変更が必要です。中国国内生産、輸出中心の業務が国内販売に傾斜している、分公司が設立されているなど組織変更がある場合では、変更事項に合わせた内部統制文書の整備が行われているかチェックしましょう。
現場往査〜規程類確認の要点
次に経理規程(あるいは部門業務規程)で、資金管理規程、販売管理規程、購買管理規程、固定資産管理規程が業務プロセスの中で適切に運用されているかをチェックします。
「財務規則(経理規定)」が現状に即して変更されているか、業務の多様化により勘定科目が追加されている場合に「勘定科目処理規定」なども作成されているかを同時に確認します。
購買管理のサンプリングテストにおける確認ポイントでは、以下の項目をチェックしましょう。
- 購買申請プロセスの承認が適切か
- 合い見積りを入手(2社以上のサプライヤーからの購入)しているか
- 発注数量単位と現物カウントを入庫の際に行なっているか
- 検収・入庫の事実に基づき会計上の在庫を計上しているか
販売管理においても、サンプリングテストを行い、以下を確認します。
- 新規顧客の信用調査、与信設定の申請が適切に行われているか
- 与信限度額を越える注文を受けていないか
- 販売価格の標準設定が上長の承認なしに行われていないか
- 売上計上基準が発生主義に基づき行われているか
現場往査〜財務数値分析の要点
次に、決算項目を見ていきます。決算項目では、事前に入手した監査報告書、月次・四半期B/S、P/Lの分析として、主要勘定科目の金額の増減、比率の変動の要因を担当者へ質問し、裏付けを取って確認します。個別の勘定科目の精査を行う前に、過去の趨勢と変動原因を担当者に確認します。
例えば、売上高の伸び率よりも、売掛金残高の伸び率が高い場合は、与信管理に不備がないか、債権回収管理に不備が無いか確認のポイントを絞り込んで質問します。買掛金管理では、国外輸入から国内仕入に切り替える過程で支払管理が甘くなることがありますので注意が必要です。中国での経理・財務担当者は、まだまだ記帳、決算書の作成が自分の仕事で、内部統制文書に基づき業務管理を行うことに無頓着なことが多々ありますので、担当者へのインタビューを通じて管理部門として意識付けを行い、数値変動の意味を理解してもらうことも内部監査の重要な要素となります。
現場往査〜残高項目確認の要点
まずは重要な勘定科目である、「現預金」、「固定資産」、「債権・債務」のチェック及び管理方法を確認しましょう。
現預金の管理では、現物確認と銀行からの残高証明の照合が重要です。内部統制監査の際は、現金が鍵のかかる金庫に保管されているか実地確認し、出納担当者に目の前で現金をカウントしてもらい、現金台帳残高と突合します。現金台帳は日々の記帳を原則とすべきで、実査を行い現金台帳の残高の正確性に加え、現金保管限度額を超えていないかも確認しましょう。預金残高確認では、ネットバンキングを利用していない会社では毎月送られてくる銀行残高帳を照合確認します。経理業務の効率化の名目で預金勘定の記帳をバッチ処理している場合でも、週或いは旬程度の単位がぎりぎりで、月単位では処理をため過ぎと言えるでしょう。ネットバンキングの利用では、出納担当者は支払の入力権限のみ、財務責任者は支払承認の権限のみが付与されているかを確認します。中国でのネットバンキングの利用は、USBメモリーなどでパスワード、アクセス管理をしていることも多く、一人の担当者が入力と承認双方のUSBメモリーを所有できないような物理的管理が必要です。
固定資産管理では、固定資産計上基準に則り固定資産が計上され、減価償却が行われているかを、特に新規取得物件を中心にサンプリングチェックします。固定資産の現物照合記録の確認は当然ながら、サンプルベースで実際に現物を確認してみましょう。固定資産の除却・売却ではバックリベートや、スクラップ処分代金の不正受領のリスクに対応すべきです。資産処分の担当者に聞き取りし、処分の方法、業者選定にも注意しましょう。固定資産のファイナンスリースではリース会計原則どおり、固定資産、長期負債が計上されているかチェックします。
債権管理では、売掛金等の債権の回収遅れはないか、債権回収後(現金主義)ではなく売上計上後(発生主義で)速やかに発票を発行しているかインタビュー及び債権回収にかかる一連の伝票書類をサンプリングして確認します。輸出から国内販売に業態転換を図る際に与信管理が甘く売掛債権が一時的に増加することがありますので、増加の原因なども詳しく質問しましょう。
債務管理では、輸入から国内仕入に切り替える過程で支払条件が甘くなっていないかなどをチェックしましょう。原材料、製品の輸入ではL/C・T/T決済など支払期日が明確であり、国外の取引先も期日前の催促は行いません。中国国内の取引先は、出荷・入庫検収、発票(インボイス)の発行後に支払期日に関わらず支払の催促を行なってくるので、ついつい期日前に支払ってしまうことがあります。支払期日が守られているかを確認しましょう。また、その逆のケースで財務担当者の判断で支払を遅らせているケースがないかもチェックしてみましょう。資金繰りに問題が無いにも関わらず支払遅延があると、会社の信用低下に繋がることを財務担当者には理解してもらいましょう。
現場往査〜人事労務管理の要点
人事、労務管理の内部統制を確認する方法として、各部門から数人をサンプリングし、入社から退社までの記録、管理が適切に行われているか確認します。一般的に都市戸籍を持つ幹部社員の記録管理は適切に行われていますが、農村戸籍を持つ一般従業員の記録管理はずさんなことがあります。確認の方法としては、入社時の履歴書等の社員情報記録、契約書の更新、給与の改定記録、日々の入退勤記録、残業記録など個別に確認してみましょう。社会保険の加入は、従業員数と加入者数を突合することで、加入漏れが無いかチェックすることが可能です。
皆様が有意義な内部統制監査を実施できることを期待しています。個人的には、発見事項も然ることながら、「また来年も見に来てください」「いつでも連絡させて頂きます」などと表裏なく現地職員から言ってもらえるような信頼関係を本社と現地法人の個人と個人の間で構築できることこそが一番の成果だと考えています。